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吾唯足知 龍安寺の銭形のつくばいがミニマリストの心に響く

お腹がまだ痛い。夫にかけた呪いに力を入れすぎて、自分の治癒能力が弱まっているのだろうか。いったん呪いは中止して、治す方に専念するほうがよさそうだ。執念深い嫁を持つとこういうことになるのである。

 

ところで、龍安寺に行ったときに、メインの石庭の少し離れたところにあった銭形のつくばいが、ミニマリスト的に感動モノだった。

 

そのつくばいはひっそりと、でも存在感を放って置かれている。パンフレットによれば、「一見”五、隹、疋、矢”の文字に読まれるが、中心の口を利用すれば”吾唯足知”(ワレタダタルヲシル)と成り、禅の格言を謎解きに図案化された無言の悟道である」。

 

「足ることを知る人は、心は穏やかであり、足ることを知らない人は心はいつも乱れている」という意。ミニマリストマインド来た。シンプルライフマインド来たよ。

 

この日一番の興奮ポイントはこれについて知った帰りの電車の中だった。なんか感じるものがあり(何様)じーっと見たけど、その場で意味が分かっていたらその場て興奮できたのに、と悔やんでももう遅い。下調べせずに見に行ったらいけない、ということが何歳になっても分からない。

  

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なんとなしに撮ってた写真。見にくいけど、ちゃんと吾唯足知と書いてある。真ん中に口。ミニマリズムという考えは、今の時代に始まったんじゃなくて、秀吉の時代からあったんだなー。モノが溢れていくうちにミニマリズム思考がどんどん忘れられていっただけだな、やはり先人たちはえらいな(何様パート2)。